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	<title>高田直樹ドットコムへようこそ | 高田直樹作品集::コーカサスの山と人(1971年)</title>
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	<modified>2026-04-26T17:44:06+00:00</modified>
	<tagline><![CDATA[雑誌に書いた記事や気ままな旅行記などを、徒然なるままにアップしています。]]></tagline>
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		<title>コーカサスの山と人の紹介・説明</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.takadanaoki.com/log/omnibus/caucasus/eid35.html" />
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		<issued>2007-06-28T02:12:59+09:00</issued>
		<modified>2007-06-27T17:12:59Z</modified>
		<summary>「コーカサスの山と人」＜上＞＜下＞　　　　　　　　　　　『なんで山登るねん』に〈三十なかば変身のきっかけはコーカサスのショック〉と...</summary>
		<author>
			<name>高田直樹</name>
		</author>
		<dc:subject>高田直樹作品集 &gt; コーカサスの山と人(1971年)</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[「コーカサスの山と人」＜上＞＜下＞<br />
　　　　　　　　　　　<br />
『なんで山登るねん』に〈三十なかば変身のきっかけはコーカサスのショック〉という章があります。<br />
　１９６５年、京都山岳連盟カラコルム登山隊の最年少隊員として、初めて海外に出た私は、カルチャーショックを受けます。<br />
　この4年後、1969年に「西パキスタンの旅」に出かけます。<br />
　さらに二年後の１９７１年、旧ソ連邦・コーカサスに出かけたときの報告を、読み物として山渓本誌に２回に分けて連載したのが、『コーカサスの山と人』上・下です。<br />
　当時、前衛登山集団として、自他共に許した「第二次ＲＣＣ」が、ソ連の招待を受け、コーカサスに遠征し、登攀を行ったときのもので、私はこの「第二次ＲＣＣカフカズ遠征隊」の隊長でした。<br />
　この時の初めてのヨーロッパは、ぼくにとっては初めての、東南アジアやインド・パキスタンなどのアジア圏などではない、その外の体験でした。<br />
　さらに、ソ連邦（旧）は、アジア圏外の国というだけではなく、いわゆる冷戦構造下の東側の国でした。そこで肌で感じたものは、日本で常識のように言われ信じられていることと、実際とのあまりに大きなギャップだったようです。<br />
　〈コーカサスのショック〉とは実はそうしたものであったと今思うのですが、どうしてかぼくは余りこうしたことに関しては書いてはいません。<br />
<a href="/log/omnibus/caucasus/eid36.html">コーカサスの山と人＜上＞</a>　　<br />
<a href="/log/omnibus/caucasus/eid37.html">コーカサスの山と人＜下＞</a>　　　　　　　　　　]]></content>
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